最近、AIでつくられた
フライヤーや画像、文章を
目にすることが増えました。
それで伝えたいことが伝わっているなら
それも一つの方法だと思います。
でも、
「何のお店なんだろう?」
「どんな人がやっているんだろう?」
ということが、パッとわからずに、
「AIで作りました!!」ということが
一番強く伝わってくるものに、
少し違和感があります。
私自身も、
仕事や発信でAIを使いますが、
これで完璧!と思えることは、
ほとんどありません。
もちろん便利な面は
たくさんあります。
これまで時間のかかっていたリサーチが
スピーディーになったり、
考えていることを整理してくれたり、
私の一部となって
仕事を担ってくれたり。
特に人材採用の仕事では、
チームの中で同じ基準や認識を持って
進める必要があるので、
情報の整理や
認識のすり合わせに
AIを使うことで、
仕事の質やスピードが
上がると感じています。
一方で、
AIとぶつかることも多い。笑
というか、大体は
私がイラッとしているのですが。汗
「なんでわからないの?」
「さっき言ったよね?」
なんて思いながら、
自分のやり取りを少し俯瞰してみると、
伝える前提や条件が足りなかったり、
「これくらいわかってよ」と
簡単に済ませようとしていたり。
うまくいかない原因は、
私の伝え方にあることが多い。汗
「それじゃAIもわからないよな……」
となるわけです。笑
AIにお任せできるところは、
これからもどんどんお願いしたいと
思っています。
ただ、
何でもかんでもAIに…
とは私は思いません。
私の中には、
「便利」と言えることは、
AIを使いたい。
でも、
「便利」と呼ぶと
ちょっと心が痛むことは、
人間がやりたい。
そんな感覚があります。
あーでもない。
こーでもない。
「なんか違う」
「もう少しこうしたい」
明確な言葉にするのが難しい
やり取りを繰り返して、
最後に、
「これ!」
と思えるものを見つけていく。
一見、非効率に思える時間にこそ、
感情が動いたり、感じたりする材料が、
たくさん詰まっている気がするのです。
AIを使いながらも、
何を効率化して、
何に情熱を注ぐのか。
考えたり、悩んだり、
少々イラっとしたり。笑
そういう泥臭い試行錯誤も、
私は大事にしていきたいと思っています。

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