仮)大人のためのフリースクールを考える中で、
ひとつ、はっきりしていることがあります。
それは、
「誰でも歓迎はしません」ということ。
「誰でも大歓迎です」
そう言った方が、
聞こえはいいと思います。
でも私は、
誰でもいいとは思っていません。
申し訳ありませんが、
私に、誰でも受け入れられるほどの器は
ありません。
これまで企画してきた
イベントも、仕事も、
「誰でも」と思って
やってきてはいません。
私は、話を聞いてプランを設計したり、
突破口を見つけたり、
文章を作ったり、ツールを作ったり…
どんなことにおいても
「話を聞く」というフェーズのある
仕事をしています。
ただ、
話をぐだぐだ聞き続けることを
したいわけではありません。
もちろん、
話すことで整理されることもあるし、
不満や愚痴を言いたい時だってあります。
途中経過にそれが出てくるのは問題ありません。
満たされていないことも、
理解できないことも、
しっかり感じることは大事。
でも、
それを言うこと自体が目的になっていて、
「何も変えたくない」
「その先にも進みたくない」
「愚痴や文句を言い続けていたい」
そういう人とは、
私は合いません。
実際、
不満や愚痴を言うことを
楽しんでいる人もいます。
それを誰かに向けて
攻撃に使う人もいます。
とても悪趣味だなと思います。
そういう人は、
私のところには来なくていいです。
なぜなら、私は、
不満や愚痴をエネルギーに変えて
解決したり、
面白くしたりしてしまうからです。
だから、
エネルギーに変えられたら困る人は
私のところに来ない方が良いのです。
何が嫌だったのか。
何が不満だったのか。
どうしたら面白くできるのか。
それらを一緒に整理して、
実際に、
ルールを変えたり、
仕組みにしたり、
面白くしたりしてきました。
不満や愚痴は、
そこで止まるためのものではなく、
次に進むための
ヒントがたくさん詰まっています。
誰かに全部決めてもらいたい人より、
自分でも考えてみたい人。
ただ聞いてもらいたいだけではなく、
「じゃあ、どうしよう?」と
次のステージを考えたい人。
私は、
そんな人と関わりたいと思っています。
誰にでも合うものを
作りたいわけではありません。
「なんかいいな」
「この人と話してみたいな」
「ちょっとやってみようかな」
そう思う人と、出会いたい。
だから私は、
誰でも歓迎はしません。
でも、
「やってみたい」とか
「気になる」がある人は、
かなり歓迎します。


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