「もう、いいよ」
その言葉が出たあと、
仕事を休まざるを得ない状態になっていました。
それでも
仕事のことが気になって、
ついパソコンを開いてしまう。
私がいないところで、
物事は回っているんだと思うと、
悔しさや、
社会から置き去りにされたような
気持ちになりました。
ただそのとき、
仕事を辞めたいとか、
何かを変えたいとか、
そういう思いは
湧いてきませんでした。
「こうしたい」
「こうなりたい」
そんな言葉が、
私の中から
すっかり消えていたのです。
それでも、しばらくすると、
これまでの思考の癖が
顔を出します。
「仕事に戻れば、なんとかなる」
今思えば、とても無謀な考えでした。
実際に、
仕事に戻ろうとした瞬間、
胃が切り刻まれるような痛みが走り
身体からのはっきりとした拒否反応が出ました。
そこからしばらくは、
「休む」というよりも、
動かない・考えない時間をつくることに
意識を向けていました。
何かを整えようとするでもなく、
前に進もうとするでもなく、
ただ、静の状態に身を置く。
当時の私は、
よく「無になりたい」と
口にしていた気がします。
少し時間が経って、
ようやく、自分のことに意識を向けられるようになり
体力を取り戻すことを考えるようになりました。
ただ、ジムに通ったりレッスンを受けたりというように
大きく何かを変えようとするものではなくて
「歩こう」
それは、
どこかへ行くための一歩ではなく、
本来の自分へ戻っていくための
一歩だったように思います。
最初は、歩いていても、
頭の中にはいろいろな考えが浮かんできました。
そのたびに深呼吸をしてリセット。
それでも、
ただ外に出る。
歩いたら、帰ってくる。
出る。帰る。
そんな当たり前のことを繰り返すうちに、
少しずつ、心の中にも戻ってこられる
ホームのような場所ができていった気がします。
そして、いつの間にか、
「歩く」時間の中に、
気づきが混ざるようになりました。
空が美しくて、広いこと。
太陽の光が、毎日違うこと。
花に蕾ができて、咲いて、
枯れて、散って、また蕾が出ること。
雨のあとの水滴が、宝石のように見えること。
海や川が、生きているように感じられること。
鳥が、当たり前にいること。
そこに、理由もなく、
幸せを感じている自分がいました。
この頃から、
私が本当に欲しかったものに、
少しずつ
近づいている感覚がありました。




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