謝罪会見から始まった私のリベンジ。今の私が「等身大」を選べた理由〜This is ME!! 2026 in 東京【プロローグ・中編】〜

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こんにちは。
This is ME!! プロデューサーの高嶋友子です。

前回の記事では、東京初開催を迎えた
当日の舞台裏と、
私がパンフレットに込めた
「Welcome Message」
について綴りました。たくさんの方から
あたたかい感想をいただき、
本当にありがとうございます。

前回の記事の最後で少しだけ触れましたが、
当日、会場入りした瞬間に
「スタートできるのか?!」
というトラブルに見舞われ、
冷や汗…いや、正直には
沸々と「怒り」が湧き上がっていた私(笑)。

そんなスリリングな状況を潜り抜けて、
始まったThis is ME!!2026 in 東京。

今回は、そのオープニングと、
私のリベンジを支えてくれた
最高の仲間についてお話しさせてください。

「謝罪会見」から始まった、第1回のThis is ME!!

少し時を戻します。
今から4年前の2022年5月。

それまで背負っていた
「企業」という看板や役職を手放し、
フリーランスとして歩み出した時、
私は自分への挑戦として宣言しました。

「2年後の5月に、
”自分の名前”でイベントをやる」
と。

しかし、いざ迎えた
2024年の「第1回 This is ME!!」

記念すべき最初のステージは、
演奏ではなく、
まさかの「謝罪会見」から始まりました。

幼少期から、やりたいことは
すべて自分から手を挙げて、
たくさん経験してきた私。
その中でも、一番濃厚で、
本格的で、私の生活の中心にあったのが、
クラシック音楽でした。

「自分のイベントで、
ピアノをもう一度、復活させたい」

最初はそんな、とても純粋な気持ちから、
ピアノ演奏も含めた企画をスタートしました。

ですが、本格的な練習から離れて
20数年のブランク。
思うように動かない身体、落ちてしまった筋肉。
この数年でたっぷりと育った贅肉。(笑)

私はその現実を突きつけられながらも、
ただ必死に、ブランクを無視した
無謀な練習を続けてしまいました。
結果、身体は悲鳴を上げ、五十肩、
ひどい腱鞘炎とテニス肘を発症。
後に頚椎ヘルニアもあることがわかりました。

病院を梯子しても治る気配がなく、
3日に1回くらいの頻度で鍼灸に通う日々。
思わず、「ううっ」と声が出てしまう程の
針の痛みを我慢できたのは、
「ピアノを弾きたい」という
強い気持ちがあったからです。

ギリギリまで治療を重ねて、
同時に練習も続けましたが、
歩く振動でさえも全身に痛みが走る状況…

当日は腕に針を打ってステージに立ち、
「ピアノが弾けなくなりました」と
皆様に謝罪するしかありませんでした。

本当に悔しくて、情けない幕開けでした。

一番に声をかけた、大切な3人の存在

本来であれば、
ピアノの音色でオープニングを飾るはずが
幕開けと共に発したのは

「申し訳ございません」

その時、共にステージに立ち、
深々と頭を下げてくれたのが、
私の大切な3人の仲間たち。
スペシャルショーメンバーです。

今回の東京開催を決めた時も、
私は一番に彼女たちに声をかけました。

「東京での開催を考えている。
一緒にステージを盛り上げてくれたら嬉しい」と。

ですが、伝えたのはそれだけではありません。
現実的なことも正直にお伝えしました。

「関西から、
交通費や宿泊費などすべて自腹になること」
「今の私の力では、
最初から遠征費を賄う約束をすることが難しいこと」

無理強いはできない。
断られても仕方のない条件です。

それでも、彼女たちは
即座に「行く」と言ってくれたのです。

その言葉と気持ちが、
私にとってどれほどの勇気になったか。
もちろん、東京に一緒に来てもらうからには、
最初からすべてを賄える私であればベストだったでしょう。
でも、その時を待つよりも、
「今の自分にできることをやる」と決めた
その気持ちを、何よりも大切にしたかったのです。

今回のThis is ME!! 2026へのプロセスは、
彼女たちが全員参加できる
日程を擦り合わせるところから始まりました。

それは私にとって、
これ以上ない最高に心強いスタートでした。

「技術」よりも「楽しむこと」を教えてくれた彼女たち

私たちは、This is ME!!に限らず、
さまざまなステージで
出演・共演を重ねてきました。

実は、その歩みのなかで、
私には少しずつ大きな心境の変化がありました。
彼女たちが、私の「殻」を
良い意味で破ってくれたのです。

第1回This is ME!!当時の私は、
ブランクがあろうがなかろうが、
ただただ必死の状態。

今振り返れば、
私の心の中には無意識に、
「人前で弾くからには、
難しい技術にトライしなければ格好悪い」
「簡単な曲なんて弾けない」
というプライドが潜んでいたのだと思います。
正確には…プライドには気がついていました。
でも、それをどうしても
自分自身で崩すことができなかったのです。

「できない自分なんて‥‥私じゃない」
「大きなこと、難しいことに

チャレンジしない自分なんて‥‥私じゃない」

This is NOT ME!!

今私が提唱しているThis is ME!!の思想とは
真逆の自分がいました。

「私なんてを脱いで、This is ME!!を着る」
これはまさに、自分自身への言葉なのです。

そんな頑な私に、
いくつかのイベントを共にする中で、
彼女たちの背中が教えてくれたこと。
それは、

「人は技術を確かめに来ているんじゃない。
楽しみに来ているんだ。」ということでした。

自分が一番楽しまなきゃ損だし、
今できる精一杯を表現することが何より大事。
彼女たちがきっかけで、
私は「こんなの私じゃない」「こうあるべき」
というガチガチな思い込みを、
手放すことができました。

ビジネスや他の領域のことは
素早く解放できた私ですが、
幼少期からずっと生活の大きな割合を占め、
身体の中に根強く残っていた「音楽」において、
それを受け入れ、執着をなくしていくことは、
一番難しく、最も時間のかかったことでした。

今の私にできる”最高の”幕開け

そして迎えた、
3回目となる今回の東京ステージ。

昔のプライドが高かった自分なら
「格好悪い」と候補に入らなかったであろう、
アレンジの曲を選びました。

初めて楽器に触る初心者の人が、
一生懸命に一音を紡ぐ姿は、
それだけで人の心を激しく魅了します。
一方で、経験のあるベテランになればなるほど、
周囲の期待や「こうあるべき」という
思い込みに縛られ、
しんどい思いをしてしまう。
かつての私が、まさにそうでした。

でも、今の私は違います。
今の私のライフスタイルと、
今の技術で、しっかりと練習できる曲。
それが今回選んだ『ラデツキー行進曲』でした。

さらに、今の自分にできることで、
この仲間たちと共に、
東京開催の幕開けをしたい
という想いでオープニングを考えました。

それぞれが異なるジャンルのダンサー3名と、
ピアノ担当の私。

実は、いつも、彼女たちへの私の依頼は、
雑なんです(笑)。
曲を渡して、「楽しい雰囲気でお願い!」
という大まかなオーダーを出すだけ。
それでも彼女たちは、
私の想像や期待を、
遥かに超えるものを創り出して、
会場全体を沸かせてくれる。

ただのダンサーではなく、
一瞬にしてそこにいる人々を
自分たちの世界に引き込む力を持った、
本物のプロたちです。

今回は、私のピアノの音色と共に、
あちらこちらから登場するという演出で、
小芝居的要素の強い、
笑えるダンスを見せてくれて、
最高に元気な
オープニングを飾ることができました。

4年前、「自分の名前で生きていく」
と決めたあの日の私に、
そして2年前、
悔しい思いをしたあの日の私に、
胸を張って伝えたい。

無茶をするのではなく、
自分としっかり向き合って、
今の自分にできることをやり切ることで、

私たちはどこまでも輝ける。
そして、頼もしい仲間と一緒なら、

その光は、何倍にも広がっていくんだよ
と。

次回は、
【プロローグ・後編】として、
年齢を重ねるほどゴージャスになる、
命のお祝い『ハッピーバースデー』について
綴ります。

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